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我以外皆我師 [思い出話]

高校の先生が私に贈ってくれた言葉です。

我以外皆我師

自分以外の人を皆尊敬して敬えと言う意味だと思っていました。
多分本当にそうなのかも知れません。

今日何故かこの言葉が頭に浮かんで離れません。
寝ようと思っても何故か寝られないほど。

 

今日は楽しかった。
そしてうれしかった。

BOXで久しぶりに飲んだんですが、今回はブログに
『自分へのご褒美でマッタリ飲もうと思う』
としか書かなかったのに十数人も来てくれた。
そして皆で楽しく、本当に楽しく飲むことが出来た。

わざとらしいとかうそっぽいとか思われるかも知れないけど
本当にうれしかったし感謝の気持ちで眠れない。

在庫になりつつあったシルバーもすべて皆さんに買っていただき
どうやらこの数ヶ月の赤字もどうにかなったような気がする。

我以外皆我師という意味には程遠いかも知れないけど

私以外の人、皆に感謝をしなければいけないって
しみじみ感じました。

酔っ払っているから余計こんなふうに思うのかも知れないけど
本当に感じたこの気持ちを残しておきたくてメモしたくて
こんな真夜中に眠れずに書いています。

 

私は幸せ者です。

 

本当に今日まで嫌なことや苦しいことがあったけど
それも今の自分にとって本当に大切なことだったって思います。

ほんと、我以外皆我師。

今だこの年になっても自分自身がよくわからなくて
ふらふらしてばかりですが、応援してくれる人もいるし
いい経験を与えてくれる人もいる。

自分を見直しながらがんばらなくちゃと思います。

(いまさらですけど)

 

私はほんとに幸せ者です。

 


今年の目標

『怪我や病気を克服し、これから出来ることをしっかり考える』

来年の目標

『とりあえず、日本人として平均水準の生活が出来るような仕事の仕方を確立する!?』

いつまでも皆さんに甘えてばかりじゃいけないですから。
インドネシアの水準で安心していちゃ駄目ですよね(苦笑)

今日は・・いや、昨日はある意味感謝と出発の日だった気がします。


・・・・・・何をどうしたいの?私??

 

とりあえず宣言しちゃったのでしらふになったら
冷静に考えてみるぞ!おおお!!!!

 

今日は本当にありがとうございました。
この気持ち忘れないようにがんばります。

 

我以外皆我師。


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ここが我慢のしどころ・・・ [思い出話]

どこのリゾートに着任した時でもそうなのですが・・・

最初の3ヶ月って我慢が肝心です。」

着任時にはかなりのやる気と希望と明るい未来を信じて
やってくるわけですが・・・
そうはいかないのがこの世の掟。

古い会社にはその会社のやりかたや風習や・・・
よくわからん上司などがいて思った通りには行かない。

ランクアップする分にはかなり楽なのですが
ダウンするとかなりつらい・・

今回はかなりランクアップしたつもりが
大会社ゆえの面倒~なことに頭が痛い毎日です。


今まで小さな会社でやって来たのでほとんどすべてが
自分の思うように出来たのですが
いちいち他の部署に了解を得ないといけないとか。。。

あ~面倒!!

しかもインドネシアだから了解を得るのに1週間とか平気でかかる。

イライライライラ・・・・

これに慣れるまでどのくらいかかるかな(笑)

今日はただの愚痴でした。チャンチャン!


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裏方はつらいのじゃ [思い出話]

昨日の続きで~す。

翌朝、Kappaさんが

これいる?自分で決めて。

白いやわらかいものを渡されました。

・・・・・・・

必要なもん?

あったほうが安心だと思うよ

 

じゃあ・・・・話の種にもなるし・・・
暖かいだろうし・・使ってみる。

 

何だと思いますか?


 

それは・・・

 

その昔35年以上前にお世話になった・・・

そして20年後まではお世話になる事はないであろう・・・

 

紙おむつ。

 

しっかり紙おむつをしてドライスーツを着て撮影に臨みました。
そうそう!ドライスーツで気がついたことがあるのですが
寒いからと言ってインナーを沢山着るよりシャツ+フリース
くらいの薄着で空気を沢山入れたほうが暖かい。

そうすることでこの撮影を乗り切ることが出来ました。

 

タレントさん到着。

 プールで体験ダイブをしたY.Eさん
とても元気の良いK又さん
○ャ○ーンの小さい方のA野君
そしてリーダーを務めるN原さん(Nちゃん)
の4名でした。

 

まず、ドライスーツを着せました。


あ~お母さんだ~


Y・Eさんに目ざとく見つけられました。

 

その後撮影開始。

 

タレントさんは船の上。
サポートスタッフの私達は海の中でスタンバイ。
(気温-7度。水温3度)


まず、K又さんがダイビング

彼はノンダイバーであるのに先日のプール講習もサボって
いたので大変でした。

半分入っては・・出て・・入っては・・出て・・・

を繰り返しますが、恐怖でなかなか入ってこられません。
結局20分くらい繰り返したけれど入れず。

 

次はA野君。


彼もプールおサボり組み。
でもそれ以前の問題が発生。

金魚鉢型のフルフェイスマスクをかぶせるも・・・

 

頭が大きすぎて入らない!!

 

昨日調整したゴムの部分を何度も破壊しつつ
スタッフも必死にかぶせようとしますが・・・


入らない。


仕方がなく半分フルフェイス型に替えるが・・・


顔が合わない。


・・・・ということでA野君の挑戦は中止。

 

と軽くここには書いてしまうがこの間中私達スタッフは
海の中(または水面)で待っているわけである。
ざっと1時間以上は経っている。

正直言ってかなりつらい。


顔を水面の上に上げると
-7℃の冷気が濡れた顔を直撃し・・・
顔を水につければ3℃なので外よりは暖かいのだが
唇が割れてきたようでかなりしみる:涙


どうしていいのかわからない状況。

しかしどうしたものか、寒さはそれほど感じませんでした。

 

途中K又さんが 『寒い人~!』

と呼びかけたので思いっきり

『は~い』

と手をあげたのを覚えています。
そして・・・

『 お母さん頑張って~』

のY.Eちゃんの声も。

 

次にY.Eちゃん。

彼女が潜るときにはすでにナイト状態。
でも、さすが彼女はプールで講習しただけあってすんなり入ってきた。
彼女がウニを見つけてしまうと話が終わってしまうので・・・
ウニに目が行かないように砂地に連れて行き

ホタテ貝が飛ぶところを見せたり
他の海の生物を見て楽しんでもらいました。

これが終了したのが19:00くらい。

 

私達スタッフは、ざーっと2時間半以上
水温3℃海の中にいたのでした。

 

さすがに一度休憩。

作戦会議という名目で暖をとり、ホタテやウニ、その他海の幸をバーベキューにして食べました。

ひと時の幸せ・・・・

 

休憩の後、

夜のほうがウニが出ているというシナリオをもとに
本命 Nちゃんが潜ります。

Nちゃんもプールはおサボりでしたがこの中で唯一ダイバーなのでちょっと安心。



そして本番。

とりあえずすんなり潜行・・・と思いきや

耳が抜けねえ~

しばらく耳抜きとの戦いでした。

仕方がなく潜行場所を浅場に替え、どうにか着底できたものの
やはり集中力がないらしく見つけられません。

 

しかも、休憩時間に

『カニは絶対に見せるな!』

との指令が出ていたのでこちらは大変!
だって黒いウニより赤いカニ(あの時期はハナサキガニ)
の方がライトに照らされるとすぐに見えちゃうし・・・汗

この前どこかの番組でもやってましたが、Nちゃんはカニに
子供の頃のトラウマがあるらしく・・・
姿を見たり言葉を聞くとかなりテンションが下がるらしい。


どうにかウニを見つけてもらいたくてこちらも必死でした。


 

ウニに異常にライトをあてるも
あのワイドレンズマスクでは見つけられるわけもなく・・・

ライト係だった私はどうにか見つけて欲しくて最後には
ウニをNちゃんの目の前に投げたのでした(御免なさい)

 

さすがに動くものは目に入ったらしく


おおおお!いた!いたぞ~!!


さすがのリアクションでした。

そして無事撮影を終了したのです。

 

片づけが終わって、さあ食事と言ったときは
すでに0:00を回っていました。
(もっと遅かったかも)


水中部隊が食堂に入って行くとNちゃんが真っ先に

『ご苦労様でした。本当にありがとうございました』

と立ち上がって言ってくれたのを覚えています。

さすが大物。

 

翌日。

取り残しの撮影。

私はNちゃんのドライを着せられ・・・

獲った時の手の動きなどの撮影をしました。

 

撮影が終わると漁師さんとカニ獲り:笑

私はなぜかいつものくせで小さなウミウシ、エビなどが目に入り
自分の世界に入ってしまい。。。

おおお~!すげ~!ビデオ欲しい!!

と寄り道をしていて危うくおいていかれるところでした。

 

翌日北海道から東京に帰ってくると

BOXで飲み会やってるよ~

と誘われ、そのまま直行!

私はとても魅力的なたらこ唇になっていて(勿論凍傷)
お酒が沁みました。

飲んでいる最中に耳の皮がほとんど耳の形にとれてしまい

ひえ~!!耳が取れた~

酔っているのもあり大騒ぎでした。


そしてその翌日には顔中の皮が剥けはじめ・・・・

 

一週間後には

色白サトミの出来上がり!?

 

要は凍傷なんですけど。。。

こういう美容法ありましたよね?(笑)

 

と、いろいろなことがありましたがこれはこれで良い経験でした。

そして・・・わかったことは

私にはテレビの仕事向きません:笑

だって、つらすぎる・・・・・。

 

と言いつつ頼まれるとと断れない優柔不断な私・・・。

 

PS。 紙おむつは結局試さずじまいでした。
    試してみればよかったかな・・・・(笑)


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ウニ船ブルーシートの巻 [思い出話]

デラワン仕事(J社での)を引き上げてぷー太郎だった時に

 

仕事しない?

水中ビデオカメラマンのKappaさんが私に声をかけました。


まず、体験ダイビングをプールでその後海。
海は大体4日間かな?どう?

ふ~ん。

イントラとしてだから1日2万円。(忘れたけどいい額だった)どう?

やるやるやるやる~!!!!


ぷー子になって収入源のない私は飛びつきました。

 

本当にやる?

やるよ~!絶対!


ドライスーツ着たことある?

・・・ない。でも、この機会に勉強する。

海は北海道なんだけど。


え?・・・・・・。

当時11月の後半。
勿論北海道には雪が降っています。

 

多分・・・無理だよ。
この6・7年寒いところに行ったこともないし。
他の人探した方がいいよ。

絶対やるって言ったじゃん。
他は皆断られたんだよ。

 

やっぱり・・そんなことかい。。。

 

逃げ道を絶たれ・・・

仕方がなく・・・いや、最初は進んで・・・?

仕事を引き受けました。


 

内容はどっかのテレビ局の○金○説のお正月スペシャル
『幻のバフンウニを獲る』とかいうやつだったと思います。
タレントさんがウニを獲るわけですから潜らせなくちゃいけない訳です。


 

まず、プールで唯一出席した
Y川E里香(漢字わからん)と言う可愛い女の子の体験ダイビングをしました。
(他の3人は欠席)
なぜかY・Eさんにお母さんと呼ばれました。
彼女は素直で良い子だったのですぐにマスター
若いからね~

 

後日本番。

 

北海道到着~

さむさむ~!さむ~い!!(凍)

気温-7度。

一面雪だらけの大地を見て気絶しそうになりました。

 

 

気を取り直し・・・

到着早々、器材のチェック等で潜ることになりました。

水温3度。
(一応気温より暖かいけどやっぱり冷たい)

ドライスーツのチェックが終わった後、
タレントさんが使用するフルフェイスマスクのテストをすることになりました。


どう考えてもサトミがテスターだな。


は~い。


夕日が落ち始め暗くなり始めていました。

 

タレントさんの顔がしっかり見えるように金魚鉢風の
フルフェイスマスクでした。
かぶってみると・・・


まるで世界中がワイドレンズ。

自分の手が5cmくらいに見えます。

まわりのライトが小さく見えるのですが、ちょっと頭を動かすと
ブンブンとすごい速さで動きます。

この感じわかってもらえるかな~?


エアーは自然に入ってくるので普通に呼吸できるし自由にしゃべれます。

しかし・・ひどく重い。

海に入る前だというのにすでに呼吸はゼイゼイ・・。

やっと潜水すると・・・頭がふらふらする。
いや、実際はちょっと頭が揺れただけなのかも知れないけど
まわりの景色がグラグラと揺れるのでそう感じるのかもな。。。

でも・・・気のせいか・・意識が・・・・

おい!サトミ大丈夫か?


無線で船上から呼びかけがありました。

多分・・大丈夫。。。

 

・・・じゃないかも:汗


すぐ上がれ!無理するな。上がれ!


必死の思いで階段を上がり、マスクをとりました。

 

とったとたんに
目の前が真っ暗に・・・
しかも頭がひどく痛いし吐き気もする。


気温-7度・夜の船上で倒れてしまいました。


テレビの撮影と言うのは・・・
皆さんとてもやさしくて・・・・・

寒さよけにブルーシートをかぶされ
そのまま放っておかれました:涙

 

ホテルに戻り休んでいると

フルフェイスマスクの調整をするから来て

呼ばれたのでスタッフの部屋に行きました。

 

大丈夫?

 

多分大丈夫。
でもあのフルフェイスやばくないですか?
私であれだったらタレントさんひっくり返っちゃいますよ。


大丈夫。原因はわかったから。

 

・・・・・・・??

首のゴムがゆるくて排気してなかったから。


・・・・・

 

ってことは二酸化炭素中毒?

 

多分ね。
タレントさんじゃなくて良かったよ。

 

(私ならいいのかい?怒)

 

その後首のゴムの調整をし、次の日の撮影は無事終了したのでした。

 

人体実験じゃないの?これって??

『モルモット』サトミと呼んで下さい・・・・。

 

長くなってしまったので
この次の日の様子はまた明日。

寒かったよ~(泣)


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足が細くなりました。 [思い出話]

2週間右足を動かせない状況が続いています。

ふと今日の朝、自分の足を見ると・・・


わお!右足が・・・細い!

使わないと細くなるとは聞いていましたが
まだ2週間だし、なんだかんだ言って松葉杖をつきながらも
歩いたりしていたのでそんなことは起きないだろうと
鷹をくくっておりました。

 

左足を酷使しているので左足がきっと前よりも筋肉がついて
太くなっていて余計右足が細く見えるのかもしれない・・・。

20歳代のピチピチの頃。。。

小学生からずーっと続けていたバスケットボールのおかげで(ずーっと主将だったくらいはまっていたのだ)
かなりのパツパツの足で悩んでいた頃がありました。
いや、過去形ではなく現在進行形ですが・・。

一生この筋肉は取れないと思っていたのですが

たった2週間でこれ?と思うと何だか複雑です。

もしかして・・・ダイビングフェアーもブッチして安静にしてたら

両足とも細くなって美脚になっていたかも:笑

な~んちゃって!


実は私、自分の本当の体型というのを持っていないんじゃないかというくらい太ったり痩せたりを続けています。


ぶっちゃけた話し、

スイミングスクールで働いていた頃1ヶ月で8kgも増え、
人が変わったようになったことがあります。
大台に・・・乗っていました:笑

その後、石垣で丁稚時代に食べられなかったのもあり

10kg以上落ちました。

この頃に出会った人は、私のことをガリガリ人間と思っている人ばかりです。
確かに、この頃のGパンは太もものところまでしかはけない:笑


その後、パラオに渡り・・・

パラオは太っている女の方が美人と言われるお国柄もあり
まわりのスタッフに滅茶苦茶食べさせられました。

お昼ごはんは自分のお弁当+スタッフ持込弁当を
食べていたし、ダイビング後は水代わりにビールをいつも
買って来てくれていて・・・・

あっと言う間にデブデブでした。

その頃の写真を見ると自分ながら感心してしまいます。

 

その後マブールに移り、

マブール病をきっかけにやはり8kg近く落ち、

病気で太った分はすぐに戻るよ

と言うゲストの言葉を尻目にキープしました。

 

デラワンでは・・・

ご飯と魚の毎日で栄養不足になり
むくみが取れなくなりやはり太り・・・・

一休みにOLをした時は
いくら営業で何時間歩こうともやせることはありませんでした。ストレスもあったのかな?

もう一度フリーでデラワンに戻って多少やせたものの
最後やめる時にはやはりデブデブでした。

 

今、WAKA SHOREAに行くようになり・・・
食事も充実していて規則正しい生活をしているせいか
ちょっと痩せたようですが・・・

この足のおかげで右足以外は結構やばい状態になっています。


これからも太ったり痩せたりを続けていくんだろうなあ・・・


そう言う意味でも暑いところだと洋服代がかからないでいい!

自分でも何が言いたいのかわからなくなっちゃったけど、

 

体型維持は女性にとって永遠のテーマなのだ。

 

腹筋でもやろうかな・・・。


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ダイビングフェスティバル&フェアー [思い出話]

昔まだビギナーだった頃に、彼氏や友達とゲストとして
行ってた頃に

こういうの出展する人になれたらいいなあ・・・

なんて良く思っていました。
何だか出展者のガイドさんがスターのように見えたものです。

自分が出展する方になった今、かつての憧れのイメージは・・・
面白そうに見えても結構きついものです。

 

私がフェスティバルに初参加したのは6年前かな?

デラワンに就任してからです。

マブールにいた頃は5年もいたけど一度も参加していません。
ダイフェス担当はほとんど美樹さんでした。
そして美樹さんじゃないときはまさみちゃん。

私は宣伝効果!?なしと思われていたのか!?
(それとも嫌われていたのか!?)
一度も参加させてもらえませんでした。

デラワンに就任すると。。。勿論ボスは私(笑)ですから
ダイフェス帰国権をゲットすることが出来ました。

 

ダイフェス初参加は・・・

きつかった~!!

当時JISCOのブースだったのですが、
ゲストが切れませんでしたね。

マブールからは美樹さんと親びんが来ていましたが
なぜかマブールへの質問とか、説明も私が一手に引き受ける
形になってしまい、トイレに行く時間も昼ごはんも食べる時間がありませんでした。
結局ゲストの差し入れのおにぎり1個半と缶珈琲半分が
当日口に入れられただけで、あとはしゃべりっぱなしでした。

当のマブールコンビは泡盛飲みに行ったり、会場見に行ったり・・・。
とても不公平を感じました。

J社のスタッフに、

デラワン関係だけでお願いします。

とお願いしても、担当がいないのでまた引っ張り出され、

なんだか、マブールやめてもマブールだな。

と言う感じでした。

2日目の夜には3人娘が初めて揃うダイフェス飲み会
ということで勿論借り出され・・・

3日目には燃え尽きてしまいました。
ゲストと飲みに行った記憶があるのですが、
ほとんど覚えてない・・・・。

 

J社から独立して一回デラワンで単独出展したこともあります。
その時も、結局一度もトイレにも行かず、勿論食事にも行けず・・・
テーブルの下にしゃがんで合間を見ながらパンをかじって
ゲストからの差し入れのお茶を飲んでいた気がします。

飲み会も大騒ぎしてやっぱり3日目は燃え尽きて・・・。

 

今回は、膝の怪我もあって初日をお休みにしたし、
飲み会も・・・状況次第。
ブースでは座りっぱなしなのでいつもよりは楽なのでは
ないかと思います。
(でも・・絶対安静の人がしていいこととは思えない:笑)

明日、明後日頑張ります!!
(明日はちょっと遅刻するかもしれません)

座ってますから探してくださいね。

あ!サバツーリズムの反対側にWAKA TOBIリゾートが
出ていますが、そっちじゃないですよ!
ユーツアーの方でWAKA SHOREAなので
お間違えの無いように!!

では、まってま~す。


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ダイバーのイタイイタイ病 [思い出話]

人一倍安全ダイビングにうるさくて

怒りキャラとまで言われる私ですが

実は減圧症に3回もかかったことがあります。
チャンバーは6回。

 

最初の1回目は伊豆の大瀬崎の帰りに・・・

 

一番ダイビングが面白い頃で、すぐにやめてしまいましたが
マクロカメラを持っていたのでタンクにエアーがなくなるまで
しっかり潜っていました。

 

まだ、ドライスーツと言うものがまだ出回っていない頃
だったので5mmツーピースにフードと言う格好。

今思えば・・・
寒いのに何でそんなに長い間潜れたんだろう?

不思議ですがあの頃は潜れていましたねえ。

 

いつもの通りタンク2本分のダイビングを終わらせ帰途に・・


途中で昼+夕ご飯を済ませたあと
箱根へ向けて車を走らせました。

箱根に近づいてきた頃、何だか筋肉痛のように太もも
裏側が痛いような・・・熱いような・・・・

 

まあ、サロンパスでも張っていれば治るかな?

と軽い気持ちで薬局に寄り
サロンパスを腰から太ももに何枚もサロンパスを張り
相棒も待っていたので

さあ!行こう!

と私が運転して箱根の峠に向かっていきました。

 

時間が経つにつれ筋肉痛はどんどん強くなり

若いと痛みが早く出るんだよね・・・(笑)

なんてのん気にしていたのですが
なんだか様子が違う。

 

熱いぞ??筋肉痛って熱くなるっけ?

しばらくするとアクセルとブレーキを踏みなおすことも
難しくなるくらいに痛くなってしまいました。

痛いのはわきの下~腰~太もも。

要は脂肪の多そうなところです。
(胸が痛くないのが何とも・・・うれしいような悔しいような・・)


やむを得ず、運転を変わってもらい
箱根の頂上についた頃には助手席でほとんど身動きの
出来ない状況になっていました。

 

まだ無知な私は、減圧症とは全く思いませんでした。
だって最大水深は15m。
ダイコンは全くDECOゾーンにも近づいてもいなかったし


早く家に帰りたいよ~

と相棒に車を走らせてもらい
痛いと言いつつ私は眠ってしまいました。
東名高速道路を出て首都高につく頃トイレに寄りました。

 

自動販売機でジュースを買っていると・・・

あれ?痛くないの?


・・・・・あれ?そういえば・・・痛くない。
筋肉痛ってこんなに早く治るっけ?

いくら若くてもそんなに早く筋肉痛になって治るなんて
ことは考えられません。

 

やっぱ、減圧症じゃない?

・・・・やっぱそうかなあ・・・ヤバイかも。


次の日にダイビングショップに行きオーナーに相談すると

相談機関に電話をかけて聞いてくれました。

減圧症ですね。
チャンバーに入るほどではないでしょうが
しばらくダイビングはしないように。

と言われ、燃えていたダイビングを半年ほどお休みすることに
なってしまいました。

 

これがはじめての減圧症。

2度目3度目はまた今度お話します。

 

ちなみに浅くて長いダイビングの方が危険なんだそうです。

皆さん気をつけてくださいね!

危険な人いっぱい居ますよね?

そう!あなたですよ!

イタイイタイ病になっちゃうぞ~!!


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トラウマダイビング [思い出話]

私がイントラになるまでに潜ったことがある日帰りの海は・・・

 

大瀬崎と大瀬崎と大瀬崎・・・・・・

もちろん伊豆七島あたりも長期休みには行きましたけど。

大瀬崎だけでざーっと800本潜りました。
結構すごいですよね。
一番燃えていた時期なので1日4本とか結構無茶していました。

 

それだけ燃えていたのに・・・
なぜか大瀬崎だけ。
海洋公園には一度も行ったことがありませんでした。

 

そこで友人と5人で海洋公園に行こうということになり
たった1度だけ行ったことがあります。
確か3月か4月・・・だったかな?

イントラ1人・ダイブマスター2人・オープンウォーター2人。

私は全く海洋公園を知らなかったので
知っているというDMにガイドをお願いしました。

 

エントリー直後は結構楽しかったです。
大瀬に居ないルリハタ(居る?)とかを見て、新しい景色を楽しみました。

ただ、凄く水が冷たくてだんだん震えが来ました。
しばらくすると、OWの2人がエアーが少ないと言うことで
引き返すことになりました。

その時点で私の震えは収まった気がしていたのですが
今度は意識が朦朧としていました。
(そう、ヒートロスです)

ガイドの行く方について行ったのですが
私にはどう考えてもENの方向と全く逆の方向(沖のほう)に
進んでいる気がして仕方がありませんでした。

ガイドに確かめようと思ったのですが・・・すでに体が動かない状況。

 

一方ガイドの方はいくら泳いでも浅くなっていかないし、
OWの2人のエアーがなくなっていくので
焦ってますます泳ぐスピードをあげていきました。

私には追いつけなくて、OWの2人のエアーも水深25mで50Bar
仕方なくガイド無視でそのまま浮上を開始しました。

 

ガイドも気がついて一緒に浮上したのですが、

水面に顔を上げてビックリ。

海洋公園がどこだか判らないくらい小さくなっていました。

沖のほうに見える大きな船の方が近かったです。

 

どうする? (泣きたい心境)


泳ごう。


と言ってガイドは泳ぎ始めました。
すごい遠泳です。
OWの2人がついて来られるか心配でした。
それに私もヒートロスで朦朧としています。


5分くらい泳ぎ続けていると
私のヒートロスはなんとなく解消したようで意識がハッキリして来ました。

気になってOWの2人を見ると女の子の方は
やはりつらいらしく遅れ気味でした。
そこで女の子の手を私が引いて男の子に一人で泳いでもらいました。

 

30分くらいは泳いだでしょうか・・・。

途中、足はつってしまうしこのままじゃ助からないかもと思いました。

 

少し浅場に近づいた頃、異常な大波になっていることに気がつきました。

潜った方がいい

と言うガイドの判断で
なけなしのエアーのまま(OWの子達)潜り
浅場に近づいていきました。

 

水深3mくらいのところはもう真っ白。

泡で何も見えません。

皆で浮上し、海岸の方を見ると海洋公園のスタッフの方たちが
2人、ずぶぬれになって私達のことを待っていてくれたようです。

 

ご存知の方も多いでしょうが、海洋公園は海況がいいときでさえ
大きなゴロタでエントリーエキジットには苦労します。
それなのにこの状況(涙)

まず、ガイドが先に上がって補助をするといってEXしました。
スタッフの方に抱えられていました(ひえ~)

次にOWの男の子。

ちょうど波が静かなときでどうにか無事にEX。

次に女の子。

波の静かなときを選んだのですが、泳ぎ切れず大きな波に
襲われてしまいました。

やああああ!!!

ゴロタののところで、もみくちゃになっている彼女を見て
怖くて怖くて・・・4人の男性に助けられ最悪の状況は免れました。

DMの男の子は私の動揺を察したらしく
私を置いていけなかったようで
私が先に浮上と言うことになりました。

波の間合いを見ながら泳いで行くと

どうにか4人の男性がキャッチしてくれて
先ほどの女の子のようにはなりませんでした。

最後のDMも無事浮上。

 

女の子は顔に少し擦り傷がリましたが見た目には重要な怪我は
ありませんでした。(体にはアオタンがありましたが・・・)
でも、よほど怖かったらしく、しばらく泣いたままでした。

私も目の前であの状況を見て
しばらく海が怖くて仕方がありませんでした。

こういう海では絶対に仕事は出来ない。

しっかりトラウマになってしまいました。

 

・・・・なのになのに・・・・・・

バリのPJ。(過去ログ参照)

 

更にトラウマです。

 

あとからこの話をよく海洋公園に行く方にしたら

そんな沖まで行って・・・沖だしの流れがなくて本当に良かったね。
それにそんな波があったってことは潜水禁止だったでしょ。

・・・確かにおじさんに潜水禁止になったんだと言われた気がする。

 

ますますトラウマ。

海って怖いです。

だからガイドの仕事は重要。

 

静かな海!万歳!!!

 

 

WAKAは静かな海でありますように・・・・・(笑)


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見た目で損した話し(空港編) [思い出話]

昨日の話の続きになりますが
初めて私に会った時、どう思いました??

海外で初めて会ったゲストに一番言われるのは

『日本語上手ですね。』

『ハーフですか』

そんな時、とりあえず

『いえ、クオーターです』

と言うと100%の人が信じる。
要は日本人離れした顔らしい。
(本当は純粋な日本人ですよ~)



こんな私が飛行機に乗ると・・・
両側の席の人に日本人のスチュワーデスさんが

『お魚にしますか?お肉にしますか?』

と聞くのに真ん中の私にだけ

『Fish or meat?』

と無理に英語で聞いてきます。

『お肉ください。それとビールも。アサヒありますか?』

と言うと

『失礼しました』

と素直に誤られる。
返事は はい、かしこまりました じゃないの!?
と誤られたことに逆にショックを覚えたりします。

しかもこれがまだ色の白い(と思っている)
日本発の飛行機だとかなりショックです。

ドキドキするのも嫌なので!?
近頃はわざと日本語の本を開いて自分のひざの上に
置いておいたりします。
(それでも英語で話しかけられたら・・・立ち直れないかも)

でも、このくらいの事はもしかしたら
皆さん経験済みかも知れませんね。

 

もっとショックな経験があります。

シンガポール空港の免税店で・・・
いつものようにアルコールを調達しようと張り切っていました。

私はGordonのジンが大好きで
(密かにアピール:笑)

それを2本レジに持って行きました。

インドネシア行きの航空券を見せUS100ドル札のピン札で
支払おうとしたのですが・・・


レジの小母さんは無愛想な顔で私をジロッとみると
100ドル札の4辺を両手でしごき始め、
次に透かしながら裏返し

『Change』

とそのお札をつき返して来ました。

・・・・・・??

あまりにも唐突だったので状況がつかめなく

ええ?・・・でも全部同じだと思うけど・・・

と言いながら
東京三菱銀行の袋をバックから取り出したとたん

『OK、NO NEED!』

小母さんがにっこりと微笑みながら親切に
袋を2重に包んでくれ

『Thank you! have a good trip!』

ととても愛想よく声をかけてくれました。

 

何が起きたのかしばらくわかりませんでしたが、
あとからムラムラと怒りがこみ上げてきました。

偽札と思われたのか。

そんなことはまだ小さな事。
だってそんなことはあるかもしれない。

でも、日本人とわかった時のあの態度の変わりよう。

あれは許せません。

私も間違われてショックと言うよりも、
インドネシアや他のアジア諸国の人たちが
あんな扱いをいつも受けているのだろうか?
と思っただけで、怒りと言うよりは悲しくなりました。

日本人の皆さんはそんなことには遭遇しないと
思いますが、この一件どう思います??



私はこの風貌のおかげで
普通は知らないで終わってしまうこんな出来事に
遭遇して悲しくなりましたが、ある意味良かったと思います。
あれからいろいろ考えさせられたし、
これからアジアで働こうと思っている私にはいい経験でした。

 

今日は軽く行こうと思ったのに
何だかすごく重い話になってしまった・・・。

チャンチャン!


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今日からお題が変わりました。 [思い出話]

今までSATOMIメモとしていたのですが、
今が楽しくないせいか!?思い出話ばかりなので、
思い切ってSATOMI思い出メモにすることにしました。

いろんなことカミングアウトさせて行きます~!
(これを聞いて焦っている人いる?)
すでに、飲み会なので話してしまったものもあるかもしれませんがその辺は流してくださいね。

今日は・・・
以前に私が○忠という会社でテキスタイルデザイナーをしていたという話をしましたが
その後の転落人生について書こうと思います。

キャピキャピOLを卒業してしまった私は
とりあえずいきなり入った大金を手に
(以前の思い出話参照)
何を考えたかと言うと・・・

まず、ダイビングのイントラをとるには泳げなければいけないと言うことで・・・

 

泳げないくせにスイミングインストラクターの道を選びました

だってスイミングスクールに通ったらお金払って習わなくちゃいけないし
だったら働いちゃえば一石二鳥でしょ?

泳げないとスイミングのイントラ出来ないと思っている方多いと思うんですけど
結構そうじゃないんですよ、実は。
スイミングには幼児とかいろいろ泳げなくても受け入れてくれる部分があって
(泣く子も黙る大西先生!と私のクラスは一番人気で振り替え不可能クラスでした。いえい!)
スイミングスクールに雇っていただき無料で泳ぎを教えてもらうと言うことが可能でした(笑)

そんでもって

泳力は後からついてきますから最終的には立派なイントラになれちゃう訳です。

 
その後ダイビングのイントラも無事にとれ
だんだんとスイミングとダイビングの割合が逆転し・・・
とうとうダイビングオンリーとなりました。

 

最初はなんと専門学校(ダイビングイントラ製造学校)
で働いてました。
生徒には・・・まあ年頃の子が多いわけですよ。
勿論、煙草吸ってたり、遅刻してきたり、鼻ピアス・・・
結構大変でした。


合宿の時に集団喫煙を発見してしまい
生徒全員を正座させて
金八先生もどきみたいな事もしたことがあります。

話しているうちに自然に涙が出ちゃって
(酔っていたわけじゃないぞ!)
気がつくと生徒も皆泣いていました。
発見されていない生徒まで喫煙を自白し、
全員で自分の目標が達成されるまで吸わないって
約束しました。

いや、全員が約束守れるなんて思ってもいませんでしたけどね。

今、どうしているのかなあ・・・奴らは。

 

また退学しようか迷っている一番悪な生徒を
飲みに連れてって(本当は未成年ですからNGですけど)
最後までやり遂げよう!と説得したこともあります。

残念ながら彼の卒業を待たずに
私の方が次のステップに行ってしまったんですが・・・

 

何年か前のダイビングフェスティバル
その彼に偶然会いました。
 

感動~です。

彼はちゃんと卒業し、
なんと!その専門学校でインストラクターの養成をする
先生になっていたのです。
 

ですう・・・

私も忙しくてあまり話は出来なかったのですが
あんな短い間の先生時代に自分が他の人の人生に
影響を与えることが出来たんだと後々感動が
こみ上げて来ました。

いろいろありましたが私の人生の中でも
感動のひとコマでした。

とても作ってるっぽい話しですが、マジ話です。

久々思い出してすがすがしい気持ちになりました。

ジャ~ンプ!!


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